蛭子能収「一人尊重」

平成26年8月に出版した蛭子能収さんの著書「ひとりぼっちを笑うな」が16刷、9万7千部のベストセラーとなり、今も売れ続けているそうだ。
本を出したのは、蛭子さんが人付き合いの在り方や行動原理みたいなものを書いてみたらと提案されたからだという。最初はあまり乗り気じゃなかったそうだが、ちょうどそのころ無料アプリ「LINE」での書き込みをきっかけに女子生徒が殺される事件があり、「なんでこんなことで殺されないといけないんだろう」と思ったことがきっかけだったそうだ。友だち同士のやり取りでもめて殺されるぐらいなら、友だちなんていなくていい。むしろ「一人でいることのよさ」をみんなに知ってもらった方が良いと、思っていることを書くことにしたという。
テレビ番組「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」を見た視聴者は蛭子さんが「自分勝手、自由気ままにしている」と思う人が多いそうだが、これに対して蛭子さんは「僕の行動がそう見えるのは、今の世の中、いろんなことを我慢して、窮屈に感じている人が多いからかもしれない」と話す。
「僕はその場で思ったことを正直に言っているだけ。例えば、旅先では僕は普段と同じとんかつやカレーを注文することが多い。本当はその土地の名産を食べた方が良いのでしょうが、そういうものに全く興味がないので自分の食べたいものを選んでしまう。こうした振る舞いは、10年前なら『何やってんだ』と非難されるだけのような気もします。それが面白いと思ってもらえる。僕自身は何も変わっていないのに、世の中の空気みたいなものがちょっとだけ変わったのかもしれない」
子どものころから自分が感じたように、思ったように行動して生きてきたという蛭子さん。1人でいるのが好きなのは、自分の時間を自由に楽しみたいと思っているからだという。友だちを誘えば、もしかしたらその人の自由や時間を奪うことになってしまうかもしれない。自分が自由でありたいから、他人の自由も同じように尊重すべきだと考えてきたと蛭子さんは話す。
蛭子さんは、自分のやりたいことをするために意識して”群れ”の中に自分の身を置かないという。そうしないと自分のやりたいことをできないし、言いたいことも言えないからだそうだ。周りの目を気にし過ぎない、蛭子さんのような「一人尊重」の考えが現代の子どもたちには必要なのかもしれない。

廃棄物転売、マルコメみそも

ココイチの廃棄ビーフカツ転売事件で、みそメーカー最大手の「マルコメ」が廃棄したみそも転売されていたことがわかった。
マルコメによると、2014年3月から昨年7月にかけて売れ残って返品されるなどしたみそなどの処分を、例の産業廃棄物処理業者「ダイコー」に委託したという。累計144トンで、「廃棄物として処理した」と説明されていた。「みのりフーズ」の岡田氏も読売新聞の取材に、ダイコーからみそを仕入れたと認め、「主に弁当店に売ったがあまり売れなかった」などと話したという。
一方岐阜県は18日、みのりフーズで壱番屋以外の製品が108品目見つかったことをうけ、製造元などの記載がある69品目の調査を管轄する10都道県と11市に依頼した。このうち冷凍の96箱のビンチョウマグロ(約523キロ)は、日本生活協同組合連合会が賞味期限切れの約2トンを廃棄したもので運送業者を通じてダイコーに送られたとわかったという。約1.5トンの所在が不明で、県は市場に流通した可能性があるとみている。
日に日に話が大きくなっているが、今まで消費者に健康被害などはなかったのだろうか。

ノッポさん

NHKの子供番組「できるかな」でおなじみの高見のっぽさん。「ノッポさん」として30代から50代にかけて出演した。充実した仕事の一方で、葛藤もあったそうだ。
「工作や絵は苦手です。小さい時から」。4歳のころ、模型飛行機を作ろうと竹ひごを曲げていたがうまくできず、失敗した竹ひごが山積みになったそうだ。母親が「あんたみたいなぶきっちょな人は見たことないわ」と笑った。「この一言で、手先の器用さに対する希望を失ったんです」
だから「親はわが子の弱点をけなさず、優れた点だけほめて。母はひと言多かった」と言う。一方、父親はどんな時も「たまたま運の悪いところにいるだけで、この子がダメなわけではない」と疑わなかったという。「死ぬまで私を買いかぶっていました。親父のそばにいるとわたしは安心でしたよ」と話す。
芸人だった父親のカバン持ちを高校生から始めたという。映画で見たダンサーに憧れ、17歳ごろタップダンスを習い始めたそうだ。テレビの仕事に足を踏み入れたが、番組が翌年も続くのか心配で「12月はいつも不幸せだった」という。もうやめようとしたとき、「ノッポさん」の仕事が舞い込んだそうだ。
「できるかな」で帽子姿のノッポさんは、セリフなしで相棒のゴン太くんに工作を作る。苦手な工作だが「一生懸命やるしかない」と思ったそうだ。紙にテープを貼っても、すぐにはがれてしまうことも。だからこそ、できた時は本当に喜んだ。不得意な絵を描いていたのは「好きな音楽に乗ったから」。
人気者になり、失敗するのが怖くてノッポさん以外の仕事を断り続けた時期もあったという。個人の自分には何があるのか。今後どうしよう。40歳を過ぎて、「今までの自分には何もないと認めよう」と、絵本や番組の台本など新たな分野の仕事に挑戦したそうだ。
現在81歳と高齢のノッポさん。あのノッポさんが自分が不器用なことをコンプレックスに思っていたなんて意外だった。そんなノッポさんが一生懸命工作をすることで、多くの子どもたちは魅了されていた。お父さんの言葉は正しかったのだろう。

ジョジョ4部、テレビアニメ化決定

荒木飛呂彦の人気マンガ、「ジョジョの奇妙な冒険」の第4部の「ダイヤモンドは砕けない」がこの度、テレビアニメ化されることがわかりました。
24日、東京の千代田区にある、東京国際フォーラムホールで開催された同作のイベント、「THE LAST CRUSADERS」で発表されました。
「ジョジョの奇妙な冒険」は、1986年に集英社が出版している、「週刊少年ジャンプ」で連載が始まった荒木さんの人気マンガです。
「ジョジョの奇妙な冒険」は、数世代にわたる個性的な悪人たちとの戦いを描いた壮大なストーリー。
それに加え、独特の擬音を用いた表現や立ちポーズなどが人気を博しています。
現在は集英社の「ウルトラジャンプ」でシリーズ第8部「ジョジョリオン」を連載中。
テレビアニメは、第1部「ファントムブラッド」、第2部「戦闘潮流」が2012年10月~2013年4月に。
第3部「スターダストクルセイダース」が2014年4~9月、2015年1~6月に放送されました。
第4部「ダイヤモンドは砕けない」は、1999年の日本が舞台になっているストーリー。
ジョセフ・ジョースターの隠し子の東方仗助が杜王町に潜むスタンド使いと戦うというストーリーです。
人気キャラクターの岸辺露伴も登場します。ファンにとっては待ち遠しいですね。

タモリ、紅白総合司会に浮上

タモリが今年のNHK紅白歌合戦総合司会に起用されることが濃厚になったそうだ。
タモリは1983年にも総合司会を務めており、実現すれば32年ぶり2度目となる。白組司会をV6の井ノ原快彦、紅組司会を有働由美子アナウンサーが務めることも有力になったとのこと。昨年ゲスト審査員を務めたタモリが今年は目玉の一人になりそうだ。
紅白の司会は例年10月中旬に発表されるが、局内からは最近になり「司会がタモリさんならいいよね」と期待される声が多数聞こえるそうだ。関係者によると、NHKが総合司会の候補を与えるにあたり、当然のように名前が浮上したという。いいともが終わってからNHKや民放の深夜番組でよく見かけるようになったタモさん、紅白の司会に抜擢されれば注目が集まりそうだ。

結婚10周年、藤井隆と乙葉が初のテレビ出演

8月22日の関西テレビ「さんまのまんま」に、結婚10周年を迎えた藤井隆と乙葉が登場する。
夫婦でのテレビ番組の出演はこれが初めてとなる。
藤井は番組の撮影の冒頭で「いろいろと話すことを考えてきたんですが、全部抜けました」という緊張ぶり。
初の夫婦共演が実現した経緯は、乙葉が明石家さんまに会いたがっていたからで、その喜びを藤井がおはこギャグ「ホット!ホット!」で表現をする。
「こんなかわいらしい人が嫁でええなぁ~」としきりに羨ましがる明石家さんま。
結婚10周年を迎えても変わらずラブラブな2人に、結婚生活のコツを聞きだそうと試みる。
また、藤井が乙葉のことを好き過ぎるが故、やってしまうという趣味を明かすと、それを聞いたさんまは「気持ちわる~!!」と藤井を一刀両断。さらに、しっかり者の藤井とマイペースな乙葉、というイメージが定着しているが「実際は逆なんです・・・。」と藤井。
乙葉は意外にも朝からテキパキと家事をこなすしっかり者なのだとか。
小学生になった2人の娘については、友近が扮する「水谷千重子」やさんまが演じた「アミダばばあ」の歌が大好きだというエピソードを披露した。
また、お菓子が好きな乙葉が、娘に「お菓子買っていい?」と許可を得ること、藤井の白髪を見つけた時のおませな娘の一言など、藤井家のほっこりしてしまうエピソードが次々に飛び出す。

テレビ番組下請けの過酷な実態

テレビ局と番組制作会社の力関係について、その実態が公正取引委員会の調査によって浮き彫りになった。公取委は29日、テレビ局から番組制作を下請する280社からの回答をもとにした調査結果を発表した。公取委は「テレビ局等による優越的地位の濫用規制上問題となりうる行為が行われていることが明らかになった」としている。独占禁止法や下請法に違反する恐れがあるとして、日本民間放送連盟などを通じ、テレビ局に法令順守を働きかけるそうだ。
昨年テレビ局側と取引があった109社のうち、39%が「独禁法違反に当たる行為を受けた」と回答。具体的には「買い叩き」が20%、「著作権の無償譲渡」13%、「不当な番組制作のやり直し」12%、「番組の二次利用で収益を配分しない」10%などが挙げられた。
独禁法は取引で優越する地位を利用し、不利益になる取引を受け入れさせることを禁じる法律だ。しかし、資本金の額が小さく、特定のテレビ局に取引を依存する番組制作会社ほど問題となりうる行為を受けた割合が高くなる傾向もみられたという。
また、取引条件などを記載した書面の交付状況を「交付していない」または「交付しなかったことがある」テレビ局は15.9%にのぼり、杜撰な対応も明らかになっているという。
こうした取引がまかり通っている理由についても、報告書は言及している。「採算確保が困難な取引(買い叩き)」、「著作権の無償譲渡」などの不利益を受け入れたテレビ番組制作会社のすべてが、「要請を断った場合に、今後の取引に影響があると自社が判断したため」または「テレビ局等から今後の取引への影響を示唆されたため」を理由として回答していたという。
こうした実態が改善される日は来るのだろうか…。

24時間マラソンDAIGOにオファー

歌手でもある人気タレントのDAIGOが19日、日本テレビの毎年恒例のチャリティー番組「24時間テレビ38 愛は地球を救う」の番組内のチャリティーマラソンの走者に指名された。
日本テレビ系で放送のDAIGOも出演している「幸せ!ボンビーガール」内で発表された。
番組の司会者のTOKIO山口達也が「走っていただきたい方は・・・DAIGO君です!」と発表をすると、同番組中に「O(俺は)N(ない)」と豪語していたDAIGOも「絶対にないと思っていて、リラックスしてました。マジっすか!?」と目を見開いて驚いた。
DAIGOには、次回の「ボンビーガール」生放送内で返事をするまで、約1週間の猶予期間が与えられた。
お決まりの「うぃっしゅ!」で快諾するのか、「ZY(絶対やだ)」と得意の略語を使って辞退をするのか。その返事が注目される。

電波少年

『電波少年』シリーズといえば、1990年代を代表するバラエティ番組だが、体当たり系の芸能人を多数輩出してきた。松村邦弘、猿岩石、ドロンズ、Rまにあ、坂本ちゃん、朋友などの芸人に加え、真中瞳、Something Elseなども出演経験を持つ。2003年の番組終了後も元猿岩石の有吉弘行は再ブレイクし、元ドロンズの2人が飲食店経営者として成功。元朋友のチューヤンは香港に戻り著名広告ディレクターになったそうだ。
「元電波」芸人たちはTプロデューサー(T部長)こと土屋敏男氏の無茶振りによるアポなし取材やらヒッチハイク、80日間世界一周などに耐えた経験も影響したか、単なる一発屋ではなく今でも活躍を続けている。そんな「元電波」の中でも着実に活動の幅を広げているのが「電波少年的懸賞生活」でブレイクした「なすび」だ。当時は全裸でとあるアパートに放り出され、ひたすらハガキを書き続けて衣服・食事を含む生活用品を懸賞だけで賄うという過酷なチャレンジをさせられた。現在39歳となったなすびは東京での舞台活動の傍ら、東京と故郷・福島を深夜バスで頻繁に往復しつつ、福島の復興や観光イベントなどに積極的に参加しているという。地元では絶大な人気を誇り、福島の復興のシンボル的存在となっているそうだ。芸能事務所には所属せず、マネジメントも一人で行っているという。『電波少年』での1年3か月の経験を振り返り「精神力が鍛えられて、タフになった。あの時の苦労を思えば何でもできます」と話しているという。T部長に対しては「恨みはゼロかと言うと嘘になりますが、今あるのはやはり電波少年のおかげ。土屋さんにはとても感謝しています」と複雑な思いを抱きつつも感謝しているそうだ。
6日にはエベレストに向けて旅立つというなすび。『電波少年』という番組があったことで、元出演者たちはたくましく今も活躍できているようだ。

愛川欽也がアド街降板

俳優の愛川欽也が、司会を務めるテレビ東京系バラエティー番組「出没!アド街ック天国」を休養し、そのまま降板する見通しであることが分かった。1995年4月の開始時から番組を仕切って北が、7日の1000回目の放送が最後の出演になりそうだ。関係者によると、愛川は20年続けた番組の1000回を持って出演に区切りをつけることを番組側に伝えていたそうだ。健康面に問題はないが高齢の80歳。周囲には「これからは好きなことをやっていきたい」と話しているそうで、所有している小劇場キンケロ・シアターでの舞台製作などに力を入れていく意向のようだ。降板後はレギュラーパネラーの峰竜太が司会を代行するとのこと。関係者によると峰は4月中旬までの暫定的な司会者で、それ以降は新司会が決まりそうだとのこと。「おまっとさんでした」で始まるいつものあいさつが聞けなくなってしまうのは少し寂しいが、これからは好きなことをやって余生を楽しんでいただきたい。